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第十六話 足抜

last update Last Updated: 2025-07-16 06:53:10

第十六話   足抜《あしぬけ》

秋から冬へと向かう頃、寒さも一段と増してきていた。

「梅乃、ちょっと来な」 見世の中から采が呼ぶ。

「はい。 なんでしょうか?」 梅乃は、采の元に行くと

「ちょっと、噂《うわさ》を拾ってきてくれないかい?」 

噂を拾うとは、“吉原の中で噂を聞いてこい ” と言うことだ。

大体は引手茶屋に行き、馴染みの主《あるじ》であれば噂や情報を提供してもらえるが、ここ最近では聞かなくなっていたようだ。

「ウチの評判も気になるしね。 吉原細見の他にも情報がないかと思ってね~」 

「わかりました」 梅乃は仲の町を歩き、聞き耳を立てていた。

(確かに、子供になら口が滑ることもあるだろう……) 子供ながら、梅乃はしっかりしていた。

『ヒソヒソ……』 やはり、色んな場所で、色んな事を話している人はいるものだ。

その中で、気になる人たちが目に入る。

そこには男性が三人いて、小さい声で話していた。

そしてお歯黒ドブを指さしていたのだ。

(なんかあるのか?) 梅乃はお歯黒ドブに近づき、垣根《かきね》の隙間《すきま》から外を見てみる。

「なにも変わらないけどな……何かあるのかな?」 今まで気にしていなかった梅乃は、マジマジと外を見ていると

「吉原の外って言っても、変わらないかな~」 そんな程度の感想だった。

そして翌日、朝から梅乃はお歯黒ドブの方を見にくると

そこには怒りを露《あら》わにしている男性がいる。

梅乃は、そっと近づいていく。

そこから聞こえてきたのは

「また足抜《あしぬけ》か……これで何件になるやら……」 そんな言葉だった。

足抜とは、脱走のことである。

妓女は借金を抱え、過酷《かこく》な労働《ろうどう》環境《かんきょう》の中で働かなくてはならない。

そして年季が明けるまでは吉原から出る事が許されないのである。

妓女が吉原から出られる方法は二つ。

身請けをされて、身請け人が借金を払うのがひとつ。

もう一つは、死ぬことである。

病気が重く、死ぬ間際になれば実家に帰らされることはあるが、だいたいは命を落とすケースが多い。

借金を抱え、身請けが出来ない妓女は吉原から出る事が出来ないのである。

吉原の出入り口は一つしかない。 大門である。

その大門には四郎《しろ》兵衛《べえ》会所《かいしょ》というのがある。

そこには足抜をしないか見張りをする者がいる。

男性は、吉原に自由に出入りできるが女性は出来ない。

仮に、女性が来客として来る場合は、四郎兵衛会所で許可証を発行してもらうのである。

勿論《もちろん》、吉原から出る時は厳しいチェックをされる。

なりすましを防止をする為である。

お金もない妓女が外に出るには、足抜をするほかないのだ。

塀を越え、幅《はば》二《に》間《けん》(現在の三、六メートル) 以前は幅九間(約九メートル)だったが、吉原を拡張するために狭《せば》められた河を渡らなければならない。

重たい着物を着て、女が泳ぎきることは不可能だ。

だいたいの妓女は諦める。

しかし、恋仲になった客と妓女は、叶わぬ恋と知って心中する者もいるくらいである。

それくらい吉原とは、厳しい所だ。

梅乃は、足抜の話しを采にする。

「あ~ いるね……だいたいは中見世や小見世なんだよ。 大見世は払いが良いし、花魁のなれるチャンスもある。 ただ、中見世から下だと客も金払いが悪いからね~」 采はキセルを吹かせながら話す。

「どうやって足抜ってするの?」 梅乃は興味で聞いてみた。

「なんだい? 足抜したいのかい?」 采はニヤッとする。

「まさか……仮に吉原を出ても、行くところが無いから……」 梅乃は、呆れた顔をしていた。

「それに、お婆が拾ってくれなかったら私や小夜は死んでいましたし……」

梅乃なりに、捨て子を育ててくれたことに感謝をしていた。

「そうかい! ならいい!  だいたい足抜は、一人では無理だ。 大体は男数名が必要になるのさ。 一人は船を出して操縦《そうじゅう》。 残りは妓女が塀《へい》から落ちるのを支えるのさ。 水の音がしたら四郎兵衛会所のヤツラが飛んでくるからね~」

何年も吉原に居る采は、淡々《たんたん》と話していた。

「ふ~ん」 梅乃は、聞いてて眠くなってくると

“ポカンッ ” 「ちゃんと話しを聞け!」 梅乃は、采にゲンコツを落とされた。

「いたた……」 梅乃は、采に叩かれた頭を撫でながら次の情報を探しに出ていく。

(そんな強く叩かなくても……)

「そういえば、この前の三人って……」 そして梅乃は、お歯黒ドブのへ走っていった、

そして梅乃は、塀に沿って歩く。

「あった……」 梅乃が見つけたのは、塀に付いた足跡《あしあと》だった。

隙間からお歯黒ドブを見渡す。

(やはり船か……) 

梅乃は、塀に沿って周囲を確認していく。

よく見ると、地面には塀に向かっている足跡がある。

特に塀の近くなると、足元は意外にも大人では見つけにくいものであった。

子供だから見つけられたのだ。

梅乃は塀沿いに歩き、詳しく見ていく。

すると、 「何をしている?」 声を掛けてきた男性がいた。

「はい? こんにちは……」 梅乃は咄嗟《とっさ》に挨拶をすると

「ここで何をしているんだ? お前、どこの禿だ?」 男性は、梅乃の手を引っ張った。

「いたた……私は三原屋の禿です。 三原屋の梅乃です」 

「なら、余計に怪しい。 三原屋に行くぞ」 男性は三原屋に向かい、梅乃を突き出した。

すると、「この者は、私が調べさせていた梅乃ですが……」 采が男性に答える。

「そうでしたか……」 そう言って、男性は去っていった。

後に、あの男性は四郎兵衛会所の者だったと言う。

その数日後、

「梅乃、まさかとは思うんだが……お前に指名だよ」

采の言葉で、一階の大部屋は凍り付いた。

「なんでも、先日のお詫びだってよ」 采はキセルを咥え、ニヤニヤしている。

「ここで指名でも、妓女じゃないから借金は減らないけどな~♪」 采が高笑いをしていると、

「別にいいですよ。 借金が減ったとしても、行くところなんて無いですから……」  梅乃は息を漏らしながら言った。

そして、夕方になる。 季節は冬になり、夕方でも真っ暗だが吉原は昼のように明るかった。

「お待たせしました」 梅乃は、小夜と手を繋ぎ引手茶屋に来ていた。

そして、勝来と菖蒲が監視役のように後ろを付いてきている。

「よく来てくれた。 どうぞ」 会所の男性は、梅乃や妓女たちにも酒やお茶、食事を振舞った。

(なんか申し訳ないな……) 梅乃は袖をまくり、腕についたアザを見ていた。

このアザは、指名してきた男性が梅乃の腕を握った時に出来たアザである。

そして茶屋での食事を終え、お開きになると

「妓楼に行かれないのですか?」 菖蒲が会所の男性に言う。

「この立場ですから、ひとつの見世に行く訳にはいかないので……」

会所の男性は、そう言って断っていた。

その後、吉原で会所の男性が梅乃を見かけると、声を掛けてくるようになっていた。

「これ、あげるよ」 お菓子をくれたりもした。

(怪我をさせたことかな……) 梅乃は、引け目を感じるようになっていた。

そして、この事を采に話すと

「仕方ないね……」 采は、あまり贔屓にはしてほしくなさそうだった。

「すみません。 お婆……」 梅乃は謝ったが

「なんで謝る? いいことをしたんだ。 堂々としてな」 采は、采なりに梅乃を誉めていた。

翌日、梅乃は会所の男性に足抜の場所を案内している。

そこには采も同行していた。

「ここです」 梅乃は会所の男性に、足抜の足跡を見せる。

「なるほど……しかし、よく見つけたな~」 会所の男性は感心していた。

「私、小さいから見えたのです」

「わかった。 ここも強化しよう」 会所の男性は現場から戻っていった。

「ここだけかい?」 采が梅乃に訊くと

「……いえ 全部で三か所ありました」

「その度に経路を変えているのかね~」 采は、探偵のような顔をした。

「……」 梅乃は黙った。

「なんだい。 はっきり言いな!」 采の語気が強くなると

「たぶん、見世に逢引《あいび》きが入っているのかと……」

逢引き……客が見世の若い衆(男性職員)に賄賂《わいろ》を渡し、足抜の手伝いをさせること。

「お前……本当に十歳かい?」 采は驚いている。

「なんとなくですが……」 

「三原屋《ウチ》は大丈夫なのかい?」 采は慌てだす。

「大丈夫だと思います。 ここ数日、足抜をしたのは中見世の妓女です」

とても十歳の推理とは思えなかった。

「だって、三原屋《ココ》は良いところです。 私はお婆に育てられ、本当に良かったと思っていますから……」

「お前……」 采は涙ぐんだ。

「だから……」 梅乃が言いかける

「だから……?」 采は前のめりに聞く

「だから、壺を割ったのは叱らないでください!」 梅乃は全力で叫んだ。

「あの壺……一昨日のやつ」 采の顔がヒクヒクしだした。

「お前、あの壺、いくらすると思っているんだい!」

「すみませ~ん」 そう叫んで、梅乃はダッシュをして逃げていった。

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